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2013年10月14日月曜日

鞘と噂




主人公「僕」の婚約者オユーサンは、よくわからぬところもある《その僕との結婚について、いちどゆっくり考えるために》、「僕」の郷里の谷間の村をひとり訪ねて、「僕」の母や妹と会話をかわしたり、「僕」の師匠格であるギー兄さんに、かつて彼と「僕」とがふたりで歩き廻った場所を案内してもらう。


妻とギー兄さんは森の鞘に入って山桜の花盛りを眺めた日、その草原の中央を森の裂け目にそって流れる谷川のほとりで弁当を食べた。(……)そして帰路につく際、ギー兄さんは思いがけない敏捷さ・身軽さで山桜の樹幹のなかほどの分れめまで登り、腰に差していた鉈で大きい枝を伐ろうとした。妻は心底怯えて高い声をあげ、思いとどまってもらった。(大江健三郎『懐かしい年への手紙』p37)

この短い箇所には大江健三郎のすぐれて暗喩的なエクリチュールが詰まっている、「鞘」「花盛り」「谷川のほとり」「裂け目」「思いがけない敏捷さ」で「樹幹のなかほどの分かれめまで登り」、「鉈で大きい枝を伐ろうとした」「心底怯えて高い声をあげ」る、「思いとどまってもら」う、……

たとえば、いうまでもなく「谷」は、日本でも漱石を初めとして、性的隠喩として扱われてきた(参照:大根と活塞)。「鞘」や「裂け目」だってその類であることは繰り返すまでもない。

ここでは古典から引用しよう。

谷間の神霊は永遠不滅。そを玄妙不可思議なメスと謂う。玄妙不可思議なメスの陰門(ほと)は、これぞ天地を産み出す生命の根源。綿(なが)く綿く太古より存(ながら)えしか、疲れを知らぬその不死身さよ(老子「福永光司氏による書き下し(玄牝の門)」

「鉈」であるならば、プルーストの「失われた時をもとめて』の初稿のひとつに現れる「ステッキ」がよい。

「ああ私がステッキや傘でりんごの木の幹や垣根の茨をたたいていた時、どれほどそこから女性を出現させたいと願ったことだろう。私の前の畝を吹く風は(……)私の欲望をかき立て、時おり現れる対象はその欲望をけだるくした。時々、人気のない道で立ち止まり、こうひとり言をいうのだった。<彼女はあそこ、林のむこうに姿をみせるだろう。目をつぶりさえすればいい、開いてみると彼女がそこにいて合図をしてくれるだろう>それなのに私の前には非情なりんごの木やパンソンヴィルの小さな鐘楼があるばかりだった。(プルースト「カイエ7」)






――ギー兄さんと森の鞘で、と青年はいって、アハッとヒステリックな具合に笑った、とオユーサンは不思議そうにつたえたが、鞘は「在」で女子性器の隠語なのである。あんたがヤッテおるのを見たが、ああいう場所でタワケられては、村が困る。あんたからわしに相談したいなら乗らんでもないが…… そうでなければ、今日の晩方から4Hクラブの集まりがあるのやし、そこで仲間の連中みなに話してみなならんが!

オユーサンはよくわからぬ外国語を聞き流すように、立ちどまりもせず頭と日傘をかしげて青年をすりぬけた。しかし二、三歩あるくうちに、一瞬すべてが理解されて、悪寒におそわれるほどの怒りのとりこになった。(『懐かしい年への手紙』P42)

オユーサンは足を早めて家に戻り、裏座敷で編みものをしていた僕の妹に、いま話しかけられたこと、あるいは、青年の顔つき・躰恰好を伝えると、妹はただちに「在」の特定の人物に思いあたる。

《丸いオデコの額も、薄い眉も細い切れ長の眼も、顔の上半分は女性的な頼りなさであるのに、ひしゃげた鼻梁が突然動物的な生なましい小鼻につらなっている。さらに口もといったが、空気をためて筋肉をふくらませたように逞しい。その顔つきを不健康に黒ずんだ太い頸が支えている、老けて見えるが二十五、六歳の男。勝だ、……》


妹も腹を立てているのだが、面白がって昂奮しているようにも見える様子で、あの勝ならば、やりそうなことなのよ、オセッチャンと相談して、勝がグーの音も出ないようにしてやる! と眼をキラキラさせ勢いこんで出かける支度をした。

その時になって弱気になったオユーサンが、妹とやはり若い娘のオセッチャンの、村の青年との対峙を危ぶむと。妹はこの土地での噂の作られ方のかたちと、それへの賢明な対処法を説明した。森のなかの谷間と「在」では、性的なことがらに関する噂であるかぎり、事実であるかないかは問題にされない。面白ければ広まり・伝わってゆく。そしてしっかり伝播したということが、事実であるあかしとなるのだ。そこでまずはじめに噂のもとの人物を見つけ出して、みんなの前でそいつを叩いてやらねばならない。面目をつぶされた人物は、当の噂が生き延びる間、自分のつぶされた面目も思い出されつづけるわけだから、今度は当の噂の否定に廻る。その後は噂がよみがえるとしても、――あの男が面目をなくした出来事の、……という仕方で語られるだろう。(P43)


ここで大江健三郎の小説を追うのはやめて噂をめぐる指摘に焦点を絞るなら、性的なことがらではなくても、噂というのは事実であるかどうかが問題なのではなく、《面白ければ広まり・伝わってゆく。そしてしっかり伝播したことが、事実であるあかしとなる》という面が、ことさら村社会には顕著にあるだろう、そしていま村社会はそこらじゅうにある。


浅田) マクルーハンの言うグローバル・ヴィレッジ ではなくローカル・ヴィレッジがおびたたしく分立して、その内部で…馴れ合っているかと思うと、とつぜんキレる。(……)

斎藤) 経済的飢餓感も政治的な飢餓感もない。妙に葛藤の希薄な状況がある。ある種、欲望が希薄化している(……)。

中井) これはいつまで続くんだろうね。その経済的な前提 というのは、場合によったら失われるわけでしょう。震災だってある。欠乏したとき、いったいどうなるのか。

斎藤) …心配なのは、四六時中浅いコミュニケーションを続けながら自我を維持している若者が、果たしてそのコミュニティからはずれてしまったとき一体どうなるだろうということです。浅田さんが以前に「アーバン・トライバリズム」とおっしゃっていたけれど、まさにそのとおりで、みな村人なんです。(……)

浅田) まあ、平和な村の暮らしがつづいている間はいいんだろうけれど…(「批評空間」2001Ⅲ―1斉藤環、中井久夫、浅田彰共同討議「トラウマと解離」より)

※トライバリズム【tribalism】: 部族中心主義。同族意識。


十年以上前の話だが、このトライバリズムの席巻はとどまるところをしらないとしてよいだろう。

インターネット上の村社会の得体の知れなさやそのリゾーム的様相のため、《まずはじめに噂のもとの人物を見つけ出して、みんなの前でそいつを叩いてやらねばならない。面目をつぶされた人物は、当の噂が生き延びる間、自分のつぶされた面目も思い出されつづける》などという機敏な行動は起し難い。また噂された当人にはそんな根気もない。

リアルな大江健三郎自身、なにやら否定的な噂の餌食になっているひとであるとも言える。

すこしウェブ上で検索すれば、「反日分子」やら「ヒトラー的煽動」「素朴なヒューマニスト」などという評言に行き当たる。

たしかに大江健三郎の評論活動は、かつて柄谷行人が「大江健三郎のアレゴリー」で鮮明に指摘したように、「戦後の言説空間に忠実な旗手」としてあり、その小説における日本の「なにごとか狂気めいた恐ろしいもの」、つまりエス(無意識)の領域を書き綴る小説のことばとはいちじるしく相反する。

そして大江の真価は小説書きとしてあり、けっして評論活動などにありはしない(もっとも、わたくしは、大江健三郎の「意識的な」政治言動、その渡辺一夫、加藤周一につらなるユマニストの姿をも敬愛する者だが)。だが小説など読みもしない、あるいは読めもしない「評論家」の手合いが、大江健三郎のエッセイや発言のみで安易な批判のことばを書き綴る。

ここでフロイトのことばを想い出しておこう。

われわれの方法の要点は、他人の異常な心的事象を意識的に観察し、それがそなえている法則を推測し、それを口に出してはっきり表現できるようにするところにある。一方作家の進む道はおそらくそれとは違っている。彼は自分自身の心に存する無意識的なものに注意を集中して、その発展可能性にそっと耳を傾け、その可能性に意識的な批判を加えて抑制するかわりに、芸術的な表現をあたえてやる。このようにして作家は、われわれが他人を観察して学ぶこと、すなわちかかる無意識的なものの活動がいかなる法則にしたがっているかということを、自分自身から聞き知るのである。(「W・イェンゼンの小説『グラディーヴァ』にみられる妄想と夢」)

こうやって、社会の「なにごとか狂気めいた恐ろしいもの」=「無意識」にそっと耳を傾けることにより、あるいは社会の抑圧された「真理」のにおいを嗅ぎわけることにより、『燃え上がる緑の木』では、新興宗教の「教祖」を主人公として、その集団による反原発運動が書かれおり、その教祖を中心とした新興宗教団員が過激になってゆく様相の叙述は、ほとんどオウム真理教事件を予想してしまっている(90年代前半に書かれたあの小説は、大江自身は、想像力の不足により十分にオウムの予測ができなかったという意味合いのことを述べているが、逆にほぼ予言されているとも言いうるのだ)。


さて噂をめぐる話に戻れば、噂やらデマゴギーはかならずしも嘘出鱈目ではない。

人がデマゴギーと呼ぶところのものは、決してありもしない嘘出鱈目ではなく、物語への忠実さからくる本当らしさへの執着にほかならぬからである。人は、事実を歪曲して伝えることで他人を煽動しはしない。ほとんど本当に近い嘘を配置することで、人は多くの読者を獲得する。というのも、人が信じるものは語られた事実ではなく、本当らしい語り方にほかならぬからである。デマゴギーとは、物語への恐れを共有しあう話者と聴き手の間に成立する臆病で防禦的なコミュニケーションなのだ。ブルジョワジーと呼ばれる階級がその秩序の維持のためにもっとも必要としているのは、この種のコミュニケーションが不断に成立していることである。(蓮實重彦『凡庸な芸術家の肖像』)

ここでも、大江健三郎のテクストと同様に(「事実であるかないかは問題にされない」)、事実などはどうでもよいのだ、という言明がある。「本当に近い嘘を配置」することによって多くの読者を獲得するのは、SNSの世界だけではなく、マスメディアさえそうであると言ってよい。

そして「本当に近い嘘」は、多くの場合次のように機能する。

浅薄な誤解というものは、ひっくり返して言えば浅薄な人間にも出来る理解に他ならないのだから、伝染力も強く、安定性のある誤解で、釈明は先ず覚束ないものと知らねばならぬ。(小林秀雄「林房雄」)

もっとも、噂や誤解に対して、機敏かつ賢明な対処法がとられ、噂の出所を叩くならば、《面目をつぶされた人物は、当の噂が生き延びる間、自分のつぶされた面目も思い出されつづける》という現象は稀にしろないではない。

これは噂や誤解とはいささか異なるが、内田樹氏は、村上春樹のノーベル賞直前のコメントに遭遇するたびに、つぶされた面目を思い出されつづける、という不幸な境遇に陥っている気味あいがないでもない。内田氏の面目を救うために、村上春樹がはやくノーベル文学賞を受賞してほしい、と願いたくなるほどだ。

「蓮實重彦は村上文学を単なる高度消費社会のファッショナブルな商品文学にすぎず、これを読んでいい気分になっている読者は『詐欺』にかかっているというきびしい評価を下してきた。/私は蓮實の評価に同意しないが、これはこれでひとつの見識であると思う。/だが、その見識に自信があり、発言に責任を取る気があるなら、受賞に際しては『スウェーデン・アカデミーもまた詐欺に騙された。どいつもこいつもバカばかりである』ときっぱりコメントするのが筋目というものだろう。私は蓮實がそうしたら、その気概に深い敬意を示す」(「内田樹の研究室」)

すべては村上春樹氏がノーベル文学賞を受賞したらという仮定法で書かれているから、この書き手の夢があっさりついえさったいま、この頓珍漢な文章に律儀に答えることはあるまいが、これまで書き記してきたことからも明らかなように、わたくしは村上春樹氏がノーベル文学賞を受賞されることにまったく反対しない。また、反対することで「その気概に深い敬意を示す」という閑人がいたとしても、その「敬意」の表明に接することだけはご免こうむりたいというのが正直な気持ちだ。(……)

この退屈な年中行事に三度もつきあわされてしまったという律儀なブログの書き手には、あまりにも意識の低いマスメディアから適当にあしらわれているという屈辱感がまるで感じられない。多少ともものを書いたことのある人間なら誰もが体験的に知っているだろうが、この種のコメントを求められて断れば、相手は涼しい顔で別の人間にあらためて依頼するだけのことだ。このブログの書き手は、自分がいくらでもすげ替えのきく便利な人材の一人であることを隠そうとする気さえない。(蓮實重彦『随想』)

もっともこんな何年まえのことをしつこく覚えこんでいるのは、ほんの一握りにひとたちだけであって、毎年ノーベル文学賞前夜祭に顔をだす内田氏の書き物に、《あの男が面目をなくした出来事の、》という印象を与えられるひとは今では少ないのかもしれない。


内田樹氏の発言の真意は知るところではないが、氏のいくつかのことばを読むかぎり、世界中に翻訳され読まれ共感されているから、あるいは彼のもっとも苦しいときに慰めてくれた本の書き手だから、村上春樹はすばらしい、という論理で語られているようにみえないでもない、あたかもマクドナルドのハンバーガーが世界中で歓迎されているから、もっとも素晴らしい食品だ、と主張するかの如く。

自らの専門分野ではそれなりの「聡明さ」を誇り、その政治分野などでの啓蒙的役割に感心させられることもないではない内田樹氏は、こと村上春樹にかんするかぎり、ひとびとに愛されすぎる、あるいは慰安になる作品は、なにか欠点があるのではないか、などと一度も疑ったことがないひとのナイーヴさを曝け出しているかのようなのだ。

たとえば人々に愛されすぎる音楽は、何かの原因があって、たとえば媚態の要素があって、そうなってしまうのではないか、と吉田秀和は書く。

ドビュッシーの《亜麻色の髪の娘》(……)。これはまた、それにヴァイオリン独奏用に編曲されたりして感傷的にひかれすぎ、あまりにも通俗化されすぎてしまった。「名曲」の悲しい運命である。ちょうどショパンの《幻想即興曲》とか、モーツァルトの《Eine Kleine Nachtmusik》のように。こうなると、耳を新しくしてきき直すといっても、実際はちょっとやそっとのことでやれるものではない。というのは、曲自体の方にもーーいかに簡潔は芸術の美徳とはいえーー何かの原因があって、やたらと野外の公園や、家庭音楽会や通俗名曲の夕べでひかれすぎるようになる要素が存在しているのだ。(吉田秀和「ドビュッシー《前奏曲集》」)

村上春樹には、《あまりにも他人の好むところがわかりすぎ、それを無視して、自分を忠実に守る力が弱すぎた。それにまた、あまりにも「成功の味」を知りすぎていたので、それに酔いすぎ、それから離れることがむずかしすぎた。》(同 吉田秀和)などということはないのかとときに疑ってみる必要はあるだろう。


あるいは村上春樹の小説を読んでの「慰安」は次のようではないのかとも。

現代ではストオリイは小説にあるだけではない。宗教もお話であり、批評もお話であると私は書いたが、政治も科学も歴史もお話になろうとしている。ラジオやテレビは一日中、料理や事件や宇宙について、甘いお話を流し続け、われわれは過去についてお話を作り上げ、お話で未来を占っている。

これらのお話を破壊しないものが、最も慰安的であるが、現実にもわれわれの内部にもお話の及ばない極地は存在する。人間はそこに止ることは出来ないにしても、常にその存在を意識していなければならない。だからこの不透明な部分を志向するお話が、よいお話である、というのが私の偏見である。(大岡昇平『常識的文学論』)

葛藤や対立を廃したコトバで成り立つ村上春樹の小説は、たしかに読み手の苦境の際の慰めにはなる。

「さっぱりわけがわからないな」、「ずいぶん詳しいね」、「なるほど」、「そりゃそうだ」、「いや」、「まだわからないな」、「ふうん」、「第六感だよ」、「ありがとう」等々、(……)

もちろん、その種の同語反復的な冗長さとあえて戯れてみるところに、現代の言語的状況に対する作者の積極的な姿勢を認めるという視点も成立するだろうが、必ずしもそうした視点を共有しないわれわれとしては、さしあたり、次のことのみを指摘するにとどめておく。まず、村上春樹におけるダイアローグのほとんどは、実質的にはモノローグにほかならず、葛藤または対立を惹起することで事態に変化が生じることを恐れているかのように、作者は同語反復的な補足にすぎない反応を対話者に演じさせ、実質的にはモノローグにすぎないものに形式的なダイアローグ性を与えているという事実がある。(蓮實重彦『小説から遠く離れて』)


村上春樹が多くのひとびとに愛される心理的機制は、「共感の共同体」を育む悪の温床なのかもしれない、ーーなぜ政治的にはときに優れた発言をする人から、このような疑問が生まれないのかのほうが不思議だ。

《この共同体では人々は慰め合い哀れみ合うことはしても、災害の原因となる条件を解明したり災害の原因を生み出したありその危険性を隠蔽した者たちを探し出し、糾問し、処罰することは行われない。》

《「将来の安全と希望を確保するために過去の失敗を振り返」って、「事を荒立てる」かわりに、「『仲良し同士』の慰安感を維持することが全てに優先している」のである。しかし、この共同体が機能している限り、ジャーナリズムは流通せず、「感傷的な被害者への共感」の記事に埋もれてしまう。》(酒井直樹ーー「なんのために」ーーー加藤周一『羊の歌』より



もっとも、上に書かれた村上春樹批判は一面的であるかもしれず、やはり出版ごとに百万部前後売れる小説家がいるというのは、日本という共同体のなにごとかを表しているのであり、それを批判するだけでは生産的でないのは当たり前だ。

最後に、大学教授の職をなげうって作家業に専念することになった松浦寿輝の最近の評言を附記しておこう。以前には批判的であったはずの松浦寿輝が作家業に専念するようになった途端、村上春樹の小説の人気ぶりにすこしでもあやかりたくなったための肯定的な「批評」だなどと勘ぐるのはよしておく。ここでは素直に、村上春樹を「トラウマ」の作家として捉えなおそうとする松浦寿輝のことばに耳を傾けよう(作家とは、すべて多かれ少なかれ「トラウマ」の書き手であるとするならば、ここではひとりの若くして死んだ女性への心的外傷記憶のまわりをつねに廻りつづける作家としておいてもよい)。



歳月の厚み
静かに、
鮮烈に描く

村上春樹の新作がそのつど「事件」としてもてはやされるようになったのは、『ノルウェイの森』(1987年)以降だろうか。とにかくよく売れる。『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』も、発売1週間で百万部を超え、どこまで伸びるかわからないという。何やら薄気味の悪いことではある。

わたしは少々へそ曲がりなたちなので、「事件」にも、「事件」を仕掛ける出版社の販売戦略にも、嬉々として「事件」に加担する人々にもどうも好感が持てない。作品と読者との間に交わされるべき親密で孤独な対話が、「事件」の喧騒でかき乱されるような気がするからだ。

新作が出るたびにお決まりのように繰り返される、「春樹ファン」と「反村上派」との間の争論も、結局は「事件」の一部をなすだけでしかないのがうとましい。わたしはどうやら「反村上派」の1人と見なされているようだが、「事件」に対する苦々しい思いを除けば、べつだん村上春樹の小説を蛇蝎(だかつ)のように嫌悪しているわけではない。『ノルウェイの森』など、戦後日本で書かれた最高の恋愛小説の1冊だとさえ思う。

物語の趣向や登場人物の配置がその『ノルウェイの森』の再現を思わせる今回の新作も、虚心に読めば、このところ日本で刊行された長篇の中で、群を抜いた面白さであることは間違いない。主人公は、高校の同級生の緊密に結びついた仲良しグループから、思い当たる理由もないまま突然はじき出され、自殺を考えるほど苦悩する。そこから何とか立ち直って今は36歳になっている彼は、付き合いはじめた年上の恋人の助言に従い、16年前の自分が絶交を言い渡された理由を求めて「巡礼」の旅に出る。

物語にはいろいろ不自然な部分があり、いつもの村上調の歯の浮くようなスノッブな会話にはむろんげんなりする。ただし、グループの中でただ一人、色の入っていない名前を持つというこの「多崎つくる」の、「脱色」された単純で静謐(せいひつ)な生のひりつくような感触だけは、或る痛切な感銘を残さずにはいない。

出来事が起きたのは彼が大学2年のときである。子どもの世界のいじめ(それを主題とした小説は近頃山のようにある)の話ではなく、大人同士の人間関係の葛藤の物語でもない。思春期を脱しかけ、しかしまだ成熟しきっていない危機的な年齢の若者が不意に受けた深い傷の衝撃と、そこから経過した16年の孤独な歳月の厚みを、村上氏は淡々とした筆遣いで浮かび上がらせている。わたしはいつも意気阻喪させる無用に気取った比喩が今回はほとんどないのが有難い。

わたしたちは誰しも、傷口が一応ふさがったかに見えても、しかし本当には決して癒えることのない傷を一つや二つ、記憶のどこかに隠し持っているものだ。そうした体験をこんなふうに静かに、しかし鮮烈に描き出している小説は案外少ないのではないか。この静謐と鮮烈を得るために、文体や物語展開の村上流の不自然と作為性はむしろ不可欠なのかもしれない。

(朝日新聞2013.4.24)