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2014年1月2日木曜日

狐の孫




庭の雑草ぬきを怠っていると
キツネノマゴのごとき可憐な花がさく
イボタもガマズミもないけれど
南国の地にも赤い実をつける灌木
がないわけではない
今はこの土地のもっともさむい時節
ただし臍をだして昼寝するのに変わりはない
初秋の日の女つぽい無常にクコ酒を傾ける
屠蘇の盃をくみかわすのは
仏人の血クォーターの義弟
巨漢のムッシュー・ドパルデュー氏
キツネの妻とタヌキの義妹も甘い酒をなめている
「黒苺の藪と釣りする人間のいる
風景のついた皿の中に入れてたべている」
のはカワガニの酢漬だ







……
はじばみの実がふくれひようたんが
旅人の水を入れるほど
二重のバゴダの
ようにふくらんで青ざめている
カミエビもイボタも薬師寺の金堂の
本尊のように黒びかりをする実をつけた
秋の日のさすらいに女つぽい無常を
感じた蒼白の乞食の小路
ガマズミはすつぱい赤い実をつけて
カルメンのくびかざりの玉をつないでいる
今頃は寂光院の坂の下のわらぶきの
屋根にキノコが菊のように香つて
沢山生えていることであろうが
酒の神をまつる山からみると
仁和寺の塔がはつきり見えるだろうが
今はそういうものから遠くはなれて
幾年も露にぬれたキツネノマゴの小路に
さまよつている本読みだ(西脇順三郎『失われた時』)







この旧正月は国境にある故郷の町
に皆で旅をしようと酔っ払った妻はいう
海辺へいく計画は反故となった模様
カフェオーレ色のメコン川での水浴び
とてつもない大河のうねりは
ちゃちな海の干満よりよほどいい
と夫は愛想よく応える羽目になる
よどみに浮かぶうたかたは、
かつ消えかつ結びて、
久しくとどまりたるためしなし
長男は親といっしょの旅行を
そろそろ毛嫌いしつつある年頃
さていかなる具合になるかは
ゆく河の流れは絶えずして
しかももとの水にあらず
あの村民の言葉は
いつまでたっても聞きとれない

……

この夏はチチスタの近くの入江の村
で暮したが黄金の麦畑の中で
百姓が話をしているドーリアン語は
あまりにツァラトゥストラ的で
彼等の神話がききとれなく
キツツキの楡の木をたたく音と
あまり違わなかったーー
コツコツ コツコツコツ コツ(西脇順三郎『失われた時』)