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2014年4月3日木曜日

備忘:ナボコフの「暗号と象徴」(SYMBOLS AND SIGNS BY VLADIMIRNABOKOV)

備忘:ナボコフの「暗号と象徴」(SYMBOLS AND SIGNS BY VLADIMIRNABOKOV)。

ーー邦訳が手元にないので、ネット上で訳文が拾える箇所のいくつかを英文とともに並べるてみる。とくに意図はないが、この数頁しかない短編はナボコフの代表作とされる。そして、たとえば『ロリータ』などより原文はずっと読みやすい。

For the fourth time in as many years, they were confronted with the problem of what birthday present to take to a young man who was incurably deranged in his mind. Desires he had none. Man-made objects were to him either hives of evil, vibrant with a malignant activity that he alone could perceive, or gross comforts for which no use could be found in his abstract world. After eliminating a number of articles that might offend him or frighten him (anything in the gadget line, for instance, was taboo), his parents chose a dainty and innocent trifle—a basket with ten different fruit jellies in ten little jars.

不治の精神錯乱で入院している息子のところへどんな誕生祝いを持って行くかという問題に彼らが直面したのは、四年間でこれが四度目だった。本人はなにもほしがっていない。人間がこしらえた物は、息子にしてみれば、自分だけにわかる悪だくらみでぶんぶん唸りをあげている悪の巣箱のようなものか、それとも彼の抽象的な世界ではまったく役に立たない下品な慰めでしかない。息子が腹をたてたり怖がったりしそうな物をあれこれと除外してから(たとえば、気の利いた製品みたいなものは厳禁だった)両親はあたりさわりのなさそうなに洒落た小物を選んだ。十個の小さな壺に入った、すべて種類の違うフルーツ・ゼリー十個の籠入りだ。(若島正訳)

That Friday, their son’s birthday, everything went wrong. The subway train lost its life current between two stations (「列車は二つの駅のあいだで命の流れが切れてしまい」)、and for a quarter of an hour they could hear nothing but the dutiful beating of their hearts and the rustling of newspapers. The bus they had to take next was late and kept them waiting a long time on a street corner, and when it did come, it was crammed with garrulous high-school children. It began to rain as they walked up the brown path leading to the sanitarium. There they waited again, and instead of their boy, shuffling into the room, as he usually did (his poor face sullen, confused, ill-shaven, and blotched with acne), a nurse they knew and did not care for appeared at last and brightly explained that he had again attempted to take his life. He was all right, she said, but a visit from his parents might disturb him. The place was so miserably understaffed, and things got mislaid or mixed up so easily, that they decided not to leave their present in the office but to bring it to him next time they came.
Outside the building, she waited for her husband to open his umbrella and then took his arm. He kept clearing his throat, as he always did when he was upset. They reached the bus-stop shelter on the other side of the street and he closed his umbrella. A few feet away, under a swaying and dripping tree, a tiny unfledged bird was helplessly twitching in a puddle.( 「数フィート先の、風になびいて雫を垂らしている木の下で、まだ羽の生えそろっていない小さな死にかけの小鳥が一羽、水たまりの中でぴくぴくもがいて」)
During the long ride to the subway station, she and her husband did not exchange a word, and every time she glanced at his old hands, clasped and twitching upon the handle of his umbrella, and saw their swollen veins and brown-spotted skin, she felt the mounting pressure of tears. As she looked around, trying to hook her mind onto something, it gave her a kind of soft shock, a mixture of compassion and wonder, to notice that one of the passengers—a girl with dark hair and grubby red toenails—was weeping on the shoulder of an older woman.

夫の年老いた手ふくれあがった血管、茶色いしみだらけの皮膚が、傘の柄のところで握りしめられたり痙攣したりするのを目にするたびに、彼女は涙がこみあげてきそうになるのを感じた。気を紛らそうとあたりを見まわすと、乗客の一人で、足の指にだらしなく赤いマニキュアをした黒髪の娘が、年配の女の肩にもたれて泣いているのに気がついて、かすかなショックを受け、同情と驚きの入り混じった感情を覚えた。



《こうしたディテールのつらなりこそがこの小説の、というよりナボコフのすべての小説の要なのだが、のちに「ヴェイン姉妹」を「ニューヨーカー」に没にされた際、ナボコフは「私の物語はすべて文体の織物(ウェッブ)であり、一瞥したくらいでは、ダイナミックな内容をたいして含んでいるようには見えません。(略)私にとっては「文体」こそ内容なのです」(1951年3月17日付)とホワイト女史に手紙を書き送っている。同じ手紙のなかで「暗号と象徴」についても次のような言及がある。

 「私が今考えている物語の大半は、この方向で、つまり表面の半透明のストーリーのなかに、あるいはその背後に二番目の(主要な)ストーリーを織り込むという方法に従って作られることになります(過去にもこのような物語を何篇か書いています――こういった「内部」を持った物語を、実のところ貴社はすでに掲載しています――年老いたユダヤ人夫婦と彼らの病んだ息子の話です)。」》(「暗号と象徴」をめぐって――ナボコフ再訪(7)


たしかにナボコフのディティールの描写には魅惑されてやまない、ナボコフが愛したチェーホフの文章のように。

海がしけたので船はおくれて、日が沈んでからやっとはいって来た。そして波止場に横着けになる前に、向きを変えるのに長いことかかった。アンナ・セルゲーヴナは柄付眼鏡を当てがって、知り人を捜しでもするような様子で船や船客を眺めていたが、やがてグーロフに向かって物を言いかけたとき、その眼はきらきらと光っていた。彼女はひどくおしゃべりになって、突拍子もない質問を次から次へと浴びせかけ、現に自分で訊いたことをすぐまた忘れてしまった。それから人混みのなかに眼鏡をなくした。(チェーホフ『犬を連れた奥さん』神西清訳

…………

それでも彼は座って煙草をふかし続け、爪先をぶらぶら揺らしていた。そして他の人たちが話をしている最中も、自分が話をしている最中も、いつどこででもそうしていたように、他人の内面の透明な動きを想像しようと努め、ちょうど肘掛け椅子に座るように話相手の中に慎重に腰をおろして、その人のひじが自分の肘掛けになるように、自分の魂が他人の魂の中に入り込むようにした。(ナボコフ『賜物』)
水たまりに藁が一本浮いていて、二匹の糞虫が互いに邪魔し合いながらしがみついていた。彼はその水たまりを飛び越え、道端に靴底の跡を刻み込んだ。なんとうい意味ありげな足跡だろう、いつまでも上を向いたまま、消え去った人間の姿をいつまでも見ようとしている。(同)

日本にもディティールのつらなりに眼を瞠らされる作家がいないわけではない。たとえば安岡章太郎の『海辺の光景』。

信太郎は、タバコをのんでいる父親の顔がきらいだった。太い指先につまみあげたシガレットを、とがった唇の先にくわえると、まるで窒息しそうな魚のように、エラ骨から喉仏までぐびぐびとうごかしながら、最初の一ぷくをひどく忙しげに吸いこむのだ。いったん煙をのみこむと、そいつが体内のすみずみまで行きわたるのを待つように、じっと半眼を中空にはなっている ……。吸いなれた者にとっては、誰だってタバコは吸いたいものにきまっている。けれでも父の吸い方は、まったく身も世もないという感じで、吸っている間は話しかけられても返辞もできないほどなのだ。(安岡章太郎『海辺の光景』)
「下顎呼吸がはじまったな」と看護人が云った。
母は口をひらいたままーーというより、その下顎が喉にくっつきそうになりながらーー喉の全体でかろうじて呼吸をつづけている。「これがはじまると、もういかんですねえ」と、看護人は父をかえりみた。

父は無言でうなずいた。そして信太郎に、「Y村に電話するか」と云った。
すると信太郎は突然のように全身に疲労を感じた。と同時に、眼の前の二人に、あるイラ立たしさを覚えて云った。
「べつに、また死ぬときまったわけじゃないでしょう。それに電話したって、伯母さんは来れるかどうか、わからんですよ」
二人は顔を見合わせた。やがて父は断乎とした口調で云った。「Y村へは報せてやらにゃいかんよ。報せるだけでも ……」

たしかに、自分の云ったことは馬鹿げたことだ、と信太郎はおもった。しかし確実にせまってきた母の死を前にして、儀礼的なことが真先にとり上げられるということが、なにか耐えがたい気持だった。

( ……)

すべては一瞬の出来事のようだった。
医者が出て行くと、信太郎は壁に背をもたせ掛けた体の中から、或る重いものが抜け出して行くの感じ、背後の壁と “自分” との間にあった体重が消え失せたような気がした。そのまま体がふわりと浮き上がりそうで、しばらくは身動きできなかった。

看護人が母の口をしめ、まぶたを閉ざしてやっているのに気づいたのは、なおしばらくたってからのことのようだ。看護人の白い指の甲に黒い毛が生えているのがすこし不気味だったが、彼の手をはなれた母を眺めるうちに、ある感動がやってきた。さっきまで、あんなに変型していた彼女の顔に苦痛の色がまったくなく、眉のひらいた丸顔の、十年もむかしの顔にもどっているように想われる。 ……そのときだった、信太郎は、ひどく奇妙な物音が、さっきから部屋の中に聞こえているのに気づいた。肉感的な、それでいて不断きいたことのなお音だ。それが伯母の嗚咽の声だとわかったとき、彼は一層おどろいた。人が死んだときには泣くものだという習慣的な事例を憶い出すのに、思いがけなく手間どった。なぜだろう、常人も泣くということを彼は何となく忘れていた。その間も絶えず泣き声がきこえてきて、その声はまた何故ともなく彼を脅かし、セキ立てられているような気がした。ついに彼は泣かれるということが不愉快になってきた。それといっしょに、泣き声をたてている伯母のことまでが腹立たしくなった。あなたはなぜ、泣くのか、泣けばあなたは優しい心根の、あたたかい人間になることが出来るのか。


あるいは、大江健三郎の『燃え上がる緑の木』第一部の冒頭には、死期を間近に控えた「お祖母ちゃん」の様子を叙す醒めたまなざしがある。

・お祖母ちゃんは、初め、待ち望んでいた相手を迎えた様子ではあるのだが、薄茶色に曇りのつけてある銀縁の眼鏡の向こうの、翳った水たまりのような眼を、肘掛椅子のあの人に向けたままだった。

・お祖母ちゃんの皺としみですっかり覆われているーーそのこと自体に徹底したものの美しさもあるーー横顔に、不機嫌さの気配が滲むのを見るように思った。

・ところがお祖母ちゃんは、便所への暗い廊下の、母屋から段差のある曲り角で、嵩のない蠟色の紙のかたまりのように倒れていた。

・――それは、なあ……というほどの、しかも乾いた皺の覆っている皮膚に透明なカゲロウが羽化しようとしているような微笑みを展げて。

・お風呂の介護をする際、つい眼に入るお祖母ちゃんの腿は、使い棄てられた子供の椅子の腕木のような細さ

ーーこれらを詩句のようなものとして、わたくしは読む。


・誠実な重みのなかの堅固な臀(吉岡実)

・驚愕した陶器の顔の母親の口が/赭い泥の太陽を沈めた(同)